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2010年12月21日 (火)

龍馬よりも田沼が必要!

坂本龍馬の再来を望む声が高まっています。若手の政治家やベンチャー経営者が「いでよ龍馬」などと猿芝居を演じています。あるいは、学者や評論家も現代日本を幕末に見立てて、「平成維新」とか「第三の開国」論を主張しています。

だが、これらの意見はいずれも的外れです。なぜかといえば、現代の日本は、人口が増加から減少へ向かう時期に当っているからです。これに対して、幕末の日本は人口が微増から急増へと向かう時期です。これはまさに正反対の位置ということになります。

幕末期とは、西欧文明の導入で人口の増加見通しが広がり、現状維持の生活に慣れた人々も、将来に向けて明るい見通しを持ち始めた時代です。にもかかわらず、変化を嫌った徳川幕府が、この動きを無理やり抑え込もうとしたため、国民大衆の不満が溢れ、一触即発の状態が生まれていました。それゆえ、小さな男のほんのひと突きで、たちまち風船が破れたのです。膨らみきった不満があったればこそ、坂本龍馬西郷隆盛が、それぞれの力を十二分に発揮できたのです。

ところが、現代日本は飽和状態です。国民の多くが各々の膨らみきった生活願望をほとんど満足させ、これ以上生活水準が上昇していけば、間もなく資源不足や環境悪化を招くことを強く自覚するようになっています。勿論、政治や行政には強い不満を持っていますが、それは閉塞状況を突破できないからではなく、飽和・濃縮社会へ巧みに軟着陸できないことへの苛立ちにすぎません。

とすれば、今、求められるリーダーは、もはや成長・拡大をめざす龍馬や西郷ではありえません。従来の成長・拡大社会への愛着を振り切って、あえて飽和・濃縮社会へ向かおうとする徳川吉宗、あるいは田沼意次なのです。

このブログで述べるような、長期的な歴史観からみると、21世紀の日本が向かおうとしているのは、人口増加=成長・拡大社会ではなく、人口減少=飽和・濃縮社会です。このように時代の構造が本質的に異なっている以上、現代を幕末に例えるのはまったく馬鹿げたことといえるでしょう。

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