« 気難しい時代 | トップページ | 人減ショックが続く »

2011年2月 6日 (日)

平成延宝を読む

この社会ムードは、同じように人口ピークを過ぎて5年ほどたった現代日本にも、ほぼ当てはまると思います。

現代日本の人口は、平成22年(2010)の1億2700万人から平成32年(2020)には1億2122万人~1億2274万人へ、400~600万人も減っていきます(国立社会保障・人口問題研究所2006年推計低位値~中位値)。この10年間の社会を、「延享から宝暦まで」を略して「延宝」、つまり「平成延宝」と名づけたうえで、藁科松伯の文章を大胆に読み替えてみましょう。

平成20年代(2008~17)の日本では、ほぼ半世紀以上も戦争にも巻き込まれず、国内でもさほど大きな紛争も起こらない社会が続いてきましたから、国民は安逸をむさぼり、上下を問わず奢りの病根を抱くようになりました。奢りが高まってくると、病的症状が表に顕れて、誰も彼も気難しくなってきます

気難しくなると、些細なことにでも立腹しやすくなりますから、周りの人々と対立すると、衝動的な行動に走ることもあります。少しでも変事があれば、人心は大きく衝撃を受けて、ふらふらと動揺します。

いわんや労働者派遣、税金、国民年金、健康・介護保険、生活保護、高速道路使用料など、国民の生活に切実な政策は、政権の恣意でころころと変りますから、あちこちから不満が高まってきます。

派遣切り社員が増加すれば、ネットカフェ難民が騒ぐ。配偶者控除除外者が怒れば、低所得者も抗議する。年金受給者が記録漏れを訴えれば、負担者の多くは年金破綻を指摘する。高齢者が「後期高齢」を否定すれば、生活保護排除者が大泣きする。一般ドライバーが負担増を告発すれば、フェリー業者が苦境を訴える。

このように国民の心が騒がしくなると、結局のところ、一度は治った世の中は再び乱れるのが天の常道である以上、社会全体の揺れる兆しもそろりそろりと現れてきます。

以上のように、約250年前の文章は、少し単語を変えれば、現代社会にそのまま当てはまります。なぜこんなことができるのでしょうか。それは、いかに時代が違うとはいえ、人口容量が飽和した社会の、最も基本的な構造が極めて似ているからだと思います。その構造とはどのようなものなのか、人口容量のしくみから考えてみましょう。

|

« 気難しい時代 | トップページ | 人減ショックが続く »

3章 「平成享保」から「平成延宝」へ」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/569535/50791584

この記事へのトラックバック一覧です: 平成延宝を読む:

« 気難しい時代 | トップページ | 人減ショックが続く »